空き家×福祉について
気になるコツを聞きました!

対話を重視して地域とつながる介護施設:ぐるんとびー駒寄
<株式会社ぐるんとびー>

「団地を大きな一つの家族に」を合言葉に、誰もが排除されない福祉と地域づくりに挑戦したい
~神奈川県藤沢市で日本初の団地を利用した介護施設をオープン~

神奈川県藤沢市の中でも、高齢化率が約32%に近い湘南大庭(おおば)地区。
築約20年のUR賃貸住宅の一室で、小規模多機能型居宅介護施設「ぐるんとびー駒寄」を運営しているのが「株式会社ぐるんとびー」です。
地域密着型の介護福祉サービスを展開するため、日本で初めて団地の空き家を活用するという画期的な試みが評価され、今最も注目を浴びている事業所の一つです。

前例がないからこそ、新しい地域福祉サービスの在り方を意欲的に模索し続ける――。
株式会社ぐるんとびー代表の菅原健介さんに、団地ならではの空き家を福祉事業に生かす秘訣などを伺いました。

株式会社ぐるんとびー 代表取締役 菅原 健介さん

プロフィール

  • 運営団体:株式会社ぐるんとびー
  • 施設名:ぐるんとびー駒寄
  • 事業内容:小規模多機能型居宅介護
  • 開設時期:平成27年7月開設

前例なき団地の福祉的活用に対するネガティブな声を変えたのは、”地道な対話”の積み重ね

会社としていろいろとユニークな活動を展開しておられますが、具体的な内容を教えてください。

菅原 理学療法士という立場を生かして2015年3月に「株式会社ぐるんとびー」を設立して以来、「地域が一つになれるまちづくり」をコンセプトに、さまざまな事業を実践してきました。設立して4カ月後に、小規模多機能型居宅介護施設「ぐるんとびー駒寄」を開設し、その後も訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、看護小規模多機能型居宅介護施設を立ち上げてきました。

そのほか、子どもから高齢者まで地域に住む人々のために、スポーツトレーニングや食堂、不動産、相談室など、「まちかど」の名称を冠した多様な地域活動も行っています。

約260世帯が入居する、築約20年のUR賃貸住宅「パークサイド駒寄」の外観

6階の一室に「ぐるんとびー駒寄」がある

現在の利用者さんは、通い・団地在住の方々を含めて29人。3LDKのスペースで、デイサービスや訪問介護、宿泊サービスなどを提供している

日本初の試みということですが、団地を福祉事業所として利用しようと考えたきっかけは何だったのでしょうか?

菅原 まず場所を決めるにあたって、自分の出身地である鎌倉や、母が住んでいる藤沢といった湘南エリアにあえてこだわりました。
思い入れや愛着が強ければ強いほど、「その場を本気で変えたい」と頑張れるでしょう?

湘南エリアの中では、おのずと候補地が5つに絞られました。
物件の広さもさることながら、さらに住民活動や地域の人々との関係性なども考慮して、最終的にUR賃貸住宅の「パークサイド駒寄」に決定しました。

藤沢の中でもここ湘南大庭地区は、高齢化率および子どもの貧困率がナンバーワンの地区です。
「このようなまちづくりをすると、このようになる。だからここには、こういう仕組みが必要ですよ」というモデルを世界に提示していくことに、とても大きな意味があると考えました。

中学・高校時代、最先端の福祉国家であるデンマークで育った菅原さん。「常識や前例にとらわれず、自分で考え、判断し、行動する」というモットーは、デンマークの自由を尊重する気風から大きな影響を受けている

団地の空室を福祉事業所として利用することについて、前例がないことから反対の声はありませんでしたか。

菅原 もちろんありましたよ。
はじめのうち、UR※の内部でも賛否があったらしいですが、当時の担当者の方々が粘り強く交渉してくださいました。
また小規模多機能型居宅介護が未整備だった湘南大庭地区に事業所を整備するため、介護保険課を通じて藤沢市長からURに協力依頼をしていただいたり、多くの人の力があって実現しました。
※UR:独立行政法人都市再生機構の略称。「都市基盤整備公団」と「地域振興整備公団」の地方都市開発整備部門が再編・統合され、2004年7月に発足

今や、この棟内には6階の「ぐるんとびー駒寄」のほかに、利用者さん9人が1階・4 階・6 階に、私たち家族5人が5階に、同じ団地内に義母が、そして看護師、理学療法士、作業療法士、介護福祉士、社会福祉士の各スタッフが3~5階にそれぞれ入居するという、かなりの大所帯となっています。
また、7階をコミュニティースペースやルームシェアにも活用しています。

事業を始めるにあたって、行政からの支援はあったのでしょうか?

菅原 いいえ、応援はして下さっていますが、補助金等の金銭的な支援は受けていません。
ただ、2018年にいただいた「かながわ福祉サービス大賞」や、国が後押ししている国際的な「アジア健康長寿イノベーション賞準大賞」を2020年に表彰されたことで、いろいろなメディアに取り上げられる機会が増えました。
その結果、より多くの方々のご理解や賛同を得られたことは非常に大きかったです。

左から「ぐるんとびー駒寄」のスタッフ、利用者さん、菅原さん

団地での事業が定着するまでのご苦労や解決方法について、お聞かせください。

菅原 当初は、介護施設に対するネガティブなイメージが先行してしまい、団地の住民から「介護ビジネスで高齢者を食い物にしている」などと言われて理解が得られなかったり、認知症の方が廊下等で迷子になっていたりすると他の住民に怒られたりしました。
ですので、周囲とのトラブルを起こさないように十分な気配りが必要です。

またこちら側から率先して地域に溶け込むように努め、何度も地道な対話を重ねていくことが大事だと思います。
現に5年ほど経ってようやく、自治会の人たちとも良い関係性が生まれてきたように思います。

菅原さんと二人三脚で「ぐるんとびー」を盛り立てる妻の有紀子さん

「ぐるんとびー」を支える重鎮のスタッフの一人、看護師の石川和子さん

連帯感が強い団地だからこそ力を発揮する、災害拠点としての役割

団地ならではのメリットはありますか?

菅原 団地に拠点を置く利点は、なんといっても空間の移動が便利なところです。
隣り同士だけでなく、棟内だと上階・下階も比較的近いです。
また、この棟にはエレベーターがあるので、体が不自由な方でも困りません。
さらに団地の強みは、いざというときに、地域の災害拠点としても力を発揮できることです。
日頃から防災訓練を一緒に行えば連帯感が生まれるし、例えば断水対策で「水を貯めておいてください」と一斉に連絡すると、大量の水があっという間に確保できるわけです。
「ぐるんとびー駒寄」では発電機を3台備えているので、もし停電になっても応急対応ができます。

また災害時には、特別なケアが必要とされることが少なくありません。
そんな場合でも、頻繁に自治体のイベントなどで顔を合わせて情報交換をしていると、個別に抱えている困り事を把握し、緊急時にもすぐに対応しやすくなりますよね。
どのような方が問題を抱えているかを知っているからこそ、自治体と協力して救援態勢を取ることができるんです。災害が起こってからでは遅過ぎる。
普段から住民とのコミュニケーションを通じて、前もって準備しておくことが、地域の安全・安心を守ることにつながるのですから。

実はこれらのことを、私は東日本大震災のボランティア活動で、身をもって知りました。
世代を超えて地域住民が交流することにより、防災力が上がる。
そのために、どうしたらコミュニティーの絆を強固なものにできるか?そういった意味でも、私たちが団地で試行錯誤しながら活動している意義は十分にあるのではないかと確信しています。

利用者さんの自由と尊厳を尊重し、一人一人の生活に合わせた介護サービスを心掛けている「ぐるんとびー駒寄」には笑いが絶えない

逆に、団地だからこそ生じるデメリットがあれば教えてください。

菅原 そうですね。メリットとデメリットは表裏一体といえるかもしれません。
入居者同士の距離が近いので、困ったことが起こればすぐに駆け付けられる安心感があるのは確かです。
その一方で、休日や終業後でも利用者さんに呼ばれたり、病院の付き添いなど、他の住民が依存してうちのスタッフに何でも助けを求めに来られたりすると、我々のプライベートだけでなく、相手の自立を阻むことにもなりかねません。

ですから、どこまでお互いの生活に踏み込むかというバランスを見極めることが大切ですが、これがなかなか難しい。正直なところ、あえて助け舟を出さない場合もありますよ。

社会福祉の最先端、デンマークで学んだ「対話」の大切さを地域のデザインに生かす

団地で事業を始める際に、何か留意すべきことはありますか?

菅原 とにかく「対話をすること」ですね。
団地の住民、公社、行政など、話し合うべき相手が多く、さまざまな異なる意見や、認識に齟齬が出て、面倒なこともたくさんあるでしょう。
しかし、面倒だからといって反対意見を排除ばかりしていては、解決の糸口は決して見えてきません。
対話を通してこそ、その時代に合った最適解を導き出し、最良の選択ができるようになるからです。

私がこれほど対話を重視する理由は、思春期に過ごしたデンマークでの体験が原点になっています。
社会福祉事業がとても優れ、充実していることで知られているデンマークでは、人々が対話を積み重ね、今に至る福祉国家をつくってきました。
これまで経済を重視してきた日本でも、そういった対話の良さを見直していくべき時代になってきていると思いますね。

「ぐるんとびー駒寄」のある団地から、道路を隔てたマンションの1階に開設した看護小規模多機能型居宅介護施設(通称:かんたき)

「かんたき」の入口では、地元藤沢産の新鮮な野菜も販売されている

地域交流スペースにもなっている「かんたき」の内部。壁一面を使ったボルダリングは子どもたちに大人気

団地などの空き家を活用した福祉事業について、今後に続く人たちのためにアドバイスをお願いします。

菅原 一つは、高齢者向けの福祉事業を含めた“まちづくり”をするときに、「誰もが排除されないこと」が一番大切だと思います。
そのためには自分にとって不都合なことも互いに飲み込みながら、暮らしの中で他者と対話を重ね、自分たちに合ったルールを作っていくことが重要じゃないかな、と考えています。
そういうルール設定は、自然とコミュニティーごとに異なってくると思いますし、時代に合わせてアップデートしていくことも大切。
だからこそ、“まちづくり”におけるルール設定は、ボトムアップで決めていくのがいいと思います。

もう一つは、ソフト面でコストが発生することを知ってほしいですね。
現在の日本ではハード(建築)のコストしか考えられていないことが問題だと考えています。
実際に、高齢者施設が次々と建てられていますが、ハードは別に新しく造らなくてもいい。
それよりも、予想外のコストが発生するのは、人的資源やサービスの内容、仕組みづくりといったソフト(事業)なんです。
例えば「ぐるんとびー」で言うと、団地住まいだからこそ近隣の住民から気軽にヘルプを求められるような関係。
それにはポジティブな面も、ネガティブの面も両方含まれますよね。
ですから、あらかじめソフト面もセットにしてコストに入れておく必要があると思います。

団地には、大きな一つの家族として機能できるキャパシティーが備わっている

最後に、今後は「ぐるんとびー駒寄」、ひいては事業をどのように発展させていきたいですか?

菅原 団地のコミュニティーからさらに広げて、「地域を大きな一つの家族に」していきたいですね。
事業所を置いている「パークサイド駒寄」だけを見ると、高齢化率がなんと約70%。
しかし昨今は子どもたちも増えてきて、高齢者だけではなく、地域の若い世代も集まれる場に変わりつつあります。

介護だけではなく、子どもと高齢者が共生してみんなが楽しく暮らせるように、住民の視点で地域をつくっていきたい。
そのためにも、誰もが受け入れられ、支え合う社会の中で、「ほどほど幸せな毎日に感動できる、豊かな人のつながりを創る」ことを、これからもこつこつとやっていくつもりです。

「介護を通して、地域を豊かにしていきたい」と力強く語る菅原さん

2015年の設立以来、順調に事業所を拡大し、その画期的な功績に対して2つの大きな表彰に輝きながら、著しい成長を遂げている「株式会社ぐるんとびー」。
その陰には、先進福祉国家デンマークで得た知見を生かす菅原さんの柔軟な発想と、地道なたゆまぬ努力がありました。
UR賃貸住宅の中にとどまらず、より広範な地域福祉サービスへと進展させようとする菅原さんの果敢な挑戦に、これからも目が離せません。

詳細調査データ

物件について

  • 所在地:神奈川県藤沢市大庭
  • 構造・階数:鉄骨鉄筋コンクリート造・10階建
  • 建設時期:平成4年3月
  • 改修工事:不明

資金について

  • 財源・運営資金:利用者料金、介護保険
  • 運営費補助金:無
  • 設置費補助金:無