空き家×福祉について
気になるコツを聞きました!

地域とのつながりが継続の秘訣!:小規模多機能型居宅介護 ひつじ雲
<NPO 法人 楽>

地域の中に溶け込んだ息の長い福祉事業所を目指して
~川崎市内で展開する地域密着型の小規模多機能型居宅介護~

大型ショッピングモールや高層マンションが林立する川崎駅からほど近い、閑静な住宅地。
その一角にあるマンションの1階に、「NPO法人 楽」が運営する小規模多機能型居宅介護施設「ひつじ雲」があります。

当初、「ひつじ雲」は川崎市多摩区で昭和38年に建てられた古い一軒家を改修し、平成18年に開所しました。
ところが、平成23年3月に起きた東日本大震災でその一軒家の壁にひびが入り、平成26年に現在の場所へ転居しました。

「NPO法人 楽」の理事長を務める柴田範子さんに、空き家を利用した地域密着型の福祉事業を長年継続していくための秘訣などを伺いました。

NPO法人 楽 理事長 柴田範子さん

プロフィール

  • 運営団体:特定非営利活動法人 楽
  • 施設名:小規模多機能型居宅介護ひつじ雲
  • 事業内容:小規模多機能型居宅介護(通い・訪問・泊まりの場、随時の訪問、地域交流、食事提供など)
  • 開設時期:平成18年5月開所、平成25年6月転居

地域の協力があったからこそ実現できた、被災後の「ひつじ雲」移転

「NPO法人 楽」では、どんなことを行っていますか?

柴田 まずメインの事業として、通い(15 名まで)・泊まり(4 名まで)が可能な小規模多機能型居宅介護施設「ひつじ雲」を運営しています。
また、施設内だけでなく、利用者さんのご自宅へスタッフが訪問し、ご家族やご本人、ケアマネジャー、管理者と十分にご相談の上で、必要なサービスを適切に提供しています。

「ひつじ雲」の兄弟分として、平成 25 年から「くじら雲」というサテライト事業所も開いていましたが、コロナ禍もあって令和 2 年 10 月に閉鎖しました。
今はそこを「キッチン くじら雲」に切り替えて、栄養士が手作りした、ヘルシーなお弁当の販売・配達をしています。

そのほか住居支援として、ほぼアパート 1 棟を借り上げて、生活保護を受給している高齢者や人工透析を受けている高齢者など、賃貸住宅に入居しづらい方々向けに部屋をお貸しするサブリースも行っています。

現在「ひつじ雲」が入居しているマンションの1階には、もともとコンビニが入っていた

広々とした玄関には車いす用スロープが取り付けられ、リハビリスペースとしても活用されている

そもそも、「NPO法人 楽」を立ち上げたきっかけというのは?

柴田 最初は、「利用者さんが地元で暮らし続けながら、地域とつながっていられるように」という目的で、認知症デイサービスとして「ひつじ雲」をスタートしたんです。
当時は、川崎市多摩区中野島にアパートの一室を借りて、法人設立の準備をしていました。
「NPO 法人 楽」として事業できる場は、多摩区から川崎駅前の幸区まで足を伸ばしてしまいました。
「ひつじ雲」として最初に始めたのは、認知症と診断された方々に向けた 365 日型、宿泊付きのデイサービスでしたが、平成 18 年の介護保険法改正も視野に入れて、小規模多機能型居宅介護に切り替えました。

その頃、小さい事業所だからこそ地域の方々とのつながりが不可欠だと考え、自治会活動やイベントに積極的に参加しはじめました。
また、町内会館で食事会を主宰したところ、地域の方々に来ていただけるようになって。
そのうち、当時の「ひつじ雲」近隣に住んでいた町内会の会長さんが、ご厚意で家を貸してくださったんですよ。
そこを食事会やお茶飲み会など地域交流の拠点として活用させていただき、地域の方々にも随分と親しんでいただくことができました。

「ひつじ雲」のリビングスペース。フローリングには全面床暖房が設置されている

それほど地域になじんでいた「ひつじ雲」を移転させようと決めたのは、なぜでしょうか?

柴田 決定的だったのは、やはり東日本大震災でした。
「ひつじ雲」は昭和38年の古い戸建てだったので、すぐに崩壊するわけではないものの、壁にひびが入ってしまうなど耐震性が心配になったんです。
ちょうど 10 年間の賃貸契約の更新も近かったため、新しく物件探しを始めました。

すると、食事会にいらしていた民生委員の方が「ちょうど 3 階建マンションの 1 階のコンビニが、もうじき閉店するよ」と声を掛けてくださり、マンションのオーナーさんに相談して、現在の場所へと移転することができました。
これも、ありがたい人の縁ですね。

ご自身もケアマネジャーや介護福祉士の資格を持ち、「NPO法人 楽」の理事長を務める柴田さん

移転や改修において、行政からの支援は受けられたのでしょうか?

柴田 はい、過去に補助金を利用したことがなかったため、年度途中でしたが補助金を受給できるよう、市と県が話し合いをしてくださったようでした。
改修工事の費用として補助金3,000 万円をいただくことができました。

その物件の 1 階は以前コンビニでしたが、「コンビニの跡に福祉事業者が入居する」という、日本で初めての事例ではないかと言われました。
入居時の改修工事では、介護施設用に合わせて造り替える必要があったんです。
例えば、お風呂場の排水溝を設けてバリアフリーにする際、このようなマンションでは、下がすでにコンクリート造りになっていて穴を掘れないため、逆に脱衣所をある程度の高さにする必要があったので、設計士さんにはかなり無理難題を申し上げてしまったと思います。
後で設計士さんからお聞きした話ですが、川崎市の行政職員から「いいものを作ってください」と言われた手前、かなり頑張ってくださったと思っています。

地域に溶け込み、いかに自分たちを知ってもらうかが継続の秘訣

福祉事業を地域に根付かせるために必要なことは、何だとお考えでしょうか?

柴田 まず地域の方々と顔見知りになって、人とつながることですね。
移転前から主宰している食事会を移転後も続けたり、あるいは私たちの方から町内会の行事に参加したりして地域交流を図っているのは、そういった思いからです。

特に、地域の方々が毎月楽しみにしてくださっている食事会では、単に集まって食事をするだけでなく、高齢者向けに咀嚼や嚥下の指導をする歯科医・歯科衛生士や、栄養指導をする管理栄養士など、いろいろな専門家が協力してくださり、口腔衛生についてご指導いただきました。
また月 1 回の出張相談も兼ねて、地域包括支援センターの職員の方にも参加していただいています。
こうした集まりを通して、ひつじ雲を利用していない方の健康状態などを知り、必要があれば相談に乗ったり、支援につなげることも可能になりました。

もっとも、今はコロナ禍の最中なので、全くそういった人の集まりができなくなってしまったのが残念ですね。
お年寄りには「食事に行っておしゃべりする」ことだけでも楽しみで、生きる励みになりますから、やはり食事会を開く意義は大きかったと思いますよ。
コロナの影響で体調を崩される方が、本当に増えてしまいました。

「キッチン くじら雲」でお弁当の販売・配達を始めてから、また別の方法で地域とのつながりを保てることも分かってきたんです。
例えば、今まで顔なじみではなかった方のお宅へ届けに行けるようにもなりましたし、リピートして注文してくださる方の体調も把握しやすくなりましたね。

利用者さんはゲームをしたり、歌を唄ったりしながら思い思いに過ごしている

部屋の内装は、一軒家風の落ち着いた風情を大切にしたという

人の縁と地域の力に支えられて20年。地域に役立つ福祉事業をさらに展開したい

「ひつじ雲」の運営や移転で、苦労されたことも多かったかと思いますが、どのように乗り越えられましたか?

柴田 それはもう、周りの人たちにとても助けられている、ということに尽きますね。
「ひつじ雲」の移転も、物件探しを手伝ってくださった地域の方々の協力なしには、ここまで順調に実現しなかったかもしれません。
また先ほどお話しした食事会についても、開催当初は食器などの準備に厚労省の補助金も活用させていただきました。
こういった補助金を取得する際にも、いろいろな方面で皆さんからのお力添えをいただかなければ、とても難しかったと思います。
行政の金銭的支援もさることながら、住民の方々のご厚意で、安価な家賃で家を貸してくださったことにも大変感謝しています。

あともう一つ、空き家の福祉的活用に関して言えば、設計の面でもいろいろな方にご助力をいただきました。
福祉建築の研究をされている近畿大学の山口健太郎教授に、私が「民家型にしたい」などと要望を出すと、その場で絵を描いてくださったこともありましたね。

以前入っていたコンビニにはない住居構造として、風呂場の排水とバリアフリーを目的に、改築時に脱衣所の床を高く設計した

口腔衛生管理にも十分配慮し、リビングスペースに併設された 2 台の洗面
台。週に 1 回、歯科衛生士が口腔内の健康状態を確認してくれている

今後は、「NPO法人 楽」でどのような活動を進めていきたいとお考えでしょうか?

柴田 今ちょうど、川崎市内の柳町にある一軒家を、「ぜひ福祉に役立ててください」とオーナーさんがおっしゃってくださっているんです。
かながわ福祉居住推進機構さんともご相談して、柳町は高齢化率が高い地区だから、気軽に立ち寄れるような憩いの場を作れたらいいね、と話し合っています。
さらにそこへ身体障がいのある方向けのグループホームを入れようか、とも検討しているところです。

まだまだ費用面で調整する必要はありますが、福祉医療機構や銀行さんに相談しているところです。
持続可能な運営のために資金面の安定を図れることが、目下の課題ですね。

神奈川県川崎市で約20年にわたり、認知症デイサービスや小規模多機能型居宅介護などの福祉事業を展開してきた「NPO法人 楽」。地域のために活動し、地元の人々とも積極的に関わってきたことが縁となって、「ひつじ雲」の移転時にも、さまざまな方面から協力を得ることができました。空き家を利用した福祉事業を川崎に根付かせたいと願う、柴田さんの精力的な取り組みは、これからも続きます。

詳細調査データ

物件について

  • 所在地:神奈川県川崎市幸区
  • 構造・階数:RC造、3階建
  • 建設時期:平成元年建設、平成25年改築
  • 改修工事:有

資金について

  • 財源・運営資金:利用者料金、介護保険
  • 運営費補助金:有(食事会準備費用として)
  • 設置費補助金:有(3,000万円)